ふるさとしまね原風景
石見銀山(いわみぎんざん)[島根県大田市]
 東西に長い島根県のほぼ中央に位置し、16世紀〜17世紀の約100年の間には、大量の銀が採掘され戦国大名や江戸幕府の財源として使われました。17世紀前半、海外にも多く輸出された日本銀は、世界の産出銀の3分の1を占めていました。その日本銀のかなりの部分を石見銀が担っていたと考えられています。銀の産出が減った後、近代には銅山として稼働しましたが、1923年(大正12年)に閉山となり、その後大規模な採掘や開発が行われなかったため、多くの遺跡が良い状態で保存されています。2001年には、世界遺産暫定リストに登録されました。その後も官民一体となって様々な取り組みを行い、2007年の世界遺産登録を目指しています。


■大森に暮らす人々

石州判銀

■代官所跡

 
龍源寺間歩[りゅうげんじまぶ](大田市大森町)
 銀を掘るために掘った坑道を間歩(まぶ)という。石見銀山には500余りの間歩が存在しているが、その中で、現在一般公開されているのは「龍源寺間歩」のみである。銀山は慶長から寛永にかけて最盛期を迎え、この時期に300余りの間歩が掘られたといわれている。公開部分の坑道の長さは273m、見学できるのはほんの一部分であり、その奥にもアリの巣のように掘られた坑道がある。
五百羅漢(羅漢寺)[ごひゃくらかん   らかんじ](大田市大森町)
 羅漢寺の急峻な山肌に掘られた石窟に安置されている501体の羅漢像は、銀山で働く人の安全と銀山で亡くなった人々や先祖の霊を供養するために、江戸時代に25年間かけて代官や代官役所人、領内の人々の援助、協力により石窟内に納められた。全国に五百羅漢があるが、ここは石窟の中にあった関係で、彩色されたのがそのままきれいに残っているのが珍しい。
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