UIターンの先輩たち
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角橋隼人 さん




京都府から隠岐の島町へIターン 角橋隼人 さん(38歳)
大阪府出身の松江市育ち。高校生までを松江で過ごし、大学進学で京都へ。卒業後もそのまま京都で就職するが、祖父の見舞いをきっかけに、隠岐の地を踏む。Iターン後はホテルサンライズ布施(旧布施村)勤務。その後、島内4つの宿泊施設の事業合併により誕生した『株式会社あいらんど』に移籍。平成22年からは、新設された隠岐観光協会に移り、隠岐全体の観光PR事業を手がけている。
しまね暮らし「時間とお金」
 
都会でも田舎でも、マイペースを保てる性格なので、特に問題はないですね。
 
縁が重なり隠岐の島でホテルマンライフ 今や島全体をPRするために東奔西走する日々

日本各地で隠岐をPRする角橋さん。月10日は出張という多忙な日々。


フェリーターミナル3階にある『隠岐観光協会』。事務局長としてスタッフの指揮をとる。



(株)日本旅行のカリスマ添乗員平田氏(中)、西ノ島町観光協会の亀澤氏(右)と国賀海岸で撮った一枚。各所と連携をとりながら、隠岐への集客を目指し仕事に励んでいる。

 隠岐の島町フェリーターミナル3階にある隠岐観光協会で事務局長を務める角橋隼人さん。12年前のIターン以来、ホテルマンから観光協会職員と、隠岐の魅力を発信する仕事にこだわり続け、ますます忙しい日々を送っている。
 父親の出身地ということで、元より隠岐の島町と深い縁があった角橋さん。松江で暮らしていた高校時代までは、里帰りなどで頻繁に訪れていたが、大学進学を機に隠岐から遠ざかっていたという。
 「ある時、病に倒れた祖父の見舞いで久しぶりに隠岐に来たんですが、その時の印象がとにかく良かったんです」。
 大学進学時から暮らした京都での生活に行き詰まりを感じ、見識を広げるために海外でのワーキングホリデーも考えていた矢先だったこともあり、小さい頃から慣れ親しんだ隠岐の環境が、先行きで悩む心に優しく響いた。このタイミングに何かの縁を感じた角橋さんは、「父の生家は島の中でも最も隠岐らしい環境が残る旧布施村。「ここに県外からお客さんを呼ぶ仕事をするのも面白い」との思いが、旧布施村の宿泊施設でのスタッフという新たな縁を結び、Iターンが決定したのが平成11年の6月だった。
 「親戚も多いので、最初の1年で10キロ太るくらい大歓迎してもらった」と笑うが、Iターン直後から、観光最盛期の夏場と重なり、のんびりした島のイメージとは裏腹に大忙し!それでも、サービス全体のレベルアップという大きな目標を掲げ、町村合併後は島内各所にある宿泊施設の責任者として運営を担ってきた。
 平成22年6月からは、それまでの経験を活かすべく、観光協会事務局長として、先頭に立って隠岐の観光のPRをおこなっているが、「隠岐全体をPRするという大きな使命を痛感しています。そのためにも、地元の人々にも一層の協力を仰ぎ、島民一丸となった観光の島にしていきたい」と意欲的だ。
 角橋さんの活躍が、そのまま隠岐の活性化に繋がって欲しいものだ。
定住までの経緯
25歳 久しぶりに訪れた隠岐の環境に感動。この島を多くの人々にPRしたいという思いからIターンする。 31歳 勤務していた旧布施村の宿泊施設の事業合併に伴い移籍。 35歳 隠岐の観光客増加に貢献したいという思いから、あいらんどを退職し、この年に設立された『隠岐ツアーセンター』に再就職する。 36歳 平成22年6月、隠岐観光協会の事務局長に就任、現在に至る。

 
 
 
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