UIターンの先輩たち
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古田 学 さん



神奈川県から隠岐の島町へIターン古田 学 さん(51歳)
神奈川県横浜市出身。陸上自衛隊にて2任期(4年)を経験した後、とび職に転職。その後、29歳でオーストラリアに渡り、調理師、ホテルの管理人などを経験。日本人鍼灸師との出会いは、2度目のオーストラリアでのこと。それ以外に、モンゴル、中国など、主にアジア諸国を見聞して歩く。日本での職業も、営業から派遣社員など、様々な経験がある。鍼灸師としては、愛知や静岡での治療院勤務を経験。Iターン後、松江で知り合った妻、丈枝さんとの夫婦水入らずの生活も今秋で1周年を迎える。
しまね暮らし「時間とお金」
 
収入は多い方が良いに決まっていますが、それを追求しない生き方を選んだのは自分なので不満はありません。
 
様々な経験を経てたどり着いた鍼灸師という仕事 隠岐の島町という地で、ゆっくりと根を張る

自ら組み立てたストーブ等、手作り感を活かした院内。


勤務時代の流れ作業的な治療に疑問を持っていた古田さん。対話を大切にゆったりした治療を心がけている。



屋号は患者の不調という悪夢を食べ尽くしたいという思いから夢を食べると云われる「貘」と命名。



 細身で長身、柔和な笑顔と、印象的な風貌の古田学さん。平成20年に隠岐の島町北方にIターン、自身の治療院「貘(ばく)鍼灸院」を営む鍼灸師だ。
 そのルックスに違わず、古田さんのプロフィールはユニークそのもの。鍼灸師として独立し、隠岐の島町に来るまでの仕事遍歴も、自衛隊や調理師、とび職、営業職等々、枚挙にいとまがない。
 「自分の人生は自分で決めるもの。いろいろやってみないと分からないじゃないですか」と笑う。
 経験すべてを前向きに捉え、糧としていくなか、オーストラリアで知り合った同じ日本人の若い鍼灸師の人間的魅力に触れたことで、現在の仕事に興味を抱く。
 帰国後、鍼灸師の資格を取得。その2年後がこの度のIターンというから、古田さんの行動力には舌を巻く。
 海外に活躍の場を求めていた古田さんが、島根に来た経緯を「海外から日本を長く見てきたせいか、国内にいるということで、大切 なものが見えなくなるのが嫌なんです。でも生まれ育った日本は大好き。そこで本土ではなく、離島に住むことを思い立ち、日本の離島を調べるうち、隠岐の歴史に興味を抱いたんです」と振り返る。
 そうして2年前、定住することを前提に初めて隠岐へ訪れ、現在に至る。  実際に暮らしてみて「想像していたとおりの土地だった」と笑う古田さん。「たくましいお年寄りたちと付き合っていると、そのまま隠岐の歴史を見るようで楽しい。『不便はないか?』と聞かれることもあるけど、そういうものは自分が決めるもの」と楽しそう。
 とはいえ、隠岐に暮らし始めて心境の変化もあり、「今までは生き方が大切であって、仕事は二の次という面がありましたが、やはり鍼灸師になったからには、この地に根を張り、しっかりやっていきたい。その一環として保険治療も始めました。地域に鍼治療をもっと浸透させていきたい」と古田さん。
 古田さんの隠岐暮らしはまだ始まったばかりだ。
定住までの経緯
18歳(昭和53年)陸上自衛隊に入隊し2任期(4年)勤務する。 29歳(昭和63年)自衛隊除隊後、とび職として7年過ごした後、見聞を広めるべくオーストラリアへ渡る。 37歳(平成8年)2度目のオーストラリア滞在中、日本人鍼灸師と出会い、その道を志すことに。 49歳(平成20年)平成19年に鍼灸師の資格取得後、離島生活を希望、専門誌で隠岐の島を知りIターンする。

 
 
 
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