UIターンの先輩たち
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斉藤順さん



埼玉県から雲南市へIターン 斉藤順さん(33歳)
埼玉県久喜市出身。島根大学に進学後、サークル活動で陶芸と出会う。その後、陶芸に打ち込むため大学院を2年で中退し、松江市大庭町にある「かんべの里」の陶芸工房に弟子入りし、4年間を過ごす。自らの作陶を山陰でも作家の少ない『黄瀬戸』に見出し、本場の岐阜県で1年間の修行のあと、雲南市の空き家情報で現在の場所と出会い、平成20年「竹翠窯」を開く。正月、6月、秋に2回のグループ展、地域展、さらに自宅や公民館での陶芸教室などが現在の主な活動。
しまね暮らし「時間とお金」
 
仕送りのあった学生時代に比べて収入は減りましたが、余分にあっても使っちゃうだけで、とくに困ってませんね。
 
なにごとも自然体、なにごともマイペース 島根暮らしで当たり前に根付いた作陶の日々

自作風鈴の向こうに見える塩田小学校。陶芸教室や他の創作家のレンタルスペースとしての利用を提案する予定。


山陰でも数少ない『黄瀬戸』作家の斉藤さん。作る人で色の調子も違うという繊細な色合いに魅了される。



住まい兼工房の「竹翠窯」。自動車の前が作業スペース。大きく開けた座敷が自宅展のスペース。



 大学時代に陶芸と出会って以来、島根に腰を落ち着け、大東町塩田(雲南市)に自らの窯「竹翠窯」をかまえ、創作活動に打ち込む斉藤順さん。
 進学の際、何故島根の大学を選んだのかと尋ねると、「学生生活を満喫したかったので、地元の埼玉からなるべく遠くに離れたかったんですよ」と屈託がない。あっけらかんと陽気な斉藤さんは、「島根って、関東から見ると南にあるイメージだったので、もっと暑いかと思ってたら寒くてびっくりしました(笑)。だけど、島根の気候や湿度は、僕のアトピーにちょうどいい」と埼玉とはまるで違う島根暮らしも自然体で受け止めている。
陶芸との出会いは大学のサークル活動。何気なく始めた陶芸だが、その後の人生を決めたことにも、「父親が画家ということもあって、自分がサラリーマンになるイメージが湧かなかったし、何よりも就職活動でピンと来る会社や仕事がなかった」と振り返る。
 陶芸との出会いは大学のサークル活動。何気なく始めた陶芸だが、その後の人生を決めたことにも、「父親が画家ということもあって、自分がサラリーマンになるイメージが湧かなかったし、何よりも就職活動でピンと来る会社や仕事がなかった」と振り返る。
 こうして陶芸や木工など伝統工芸の工房が集まる「かんべの里」で本格的な陶芸の道へ。働くうちに、自分のやりたい陶芸を『黄瀬戸(きぜと)』に絞り、その後、本場の岐阜県で1年間の修行を積む。「焼き物は、その土地でとれる土を使うので、小さい地域に窯元が集まるものですが、島根は場所にとらわれず、みんなが自由に窯を開いているのが面白いんですよ」と、いったん離れることで島根の良さを再発見し、平成20年、雲南市に自らの窯を開くことに。「家賃の安さはもちろんのこと、この一帯は井戸水なので、水道代がかからない。作業環境としては申し分ないです」と笑う。
 現在はアルバイトをしながら、年4〜5回開くグループ展の準備に追われ、忙しくも充実した毎日を過ごしている。
 「いずれは作品を関東などでも発表していきたい」と斉藤さん。さらに、「目の前に建つ小学校が廃校になるらしいので、跡地で陶芸教室やレンタル工房ができないかと考えているんです。近いうちに行政へ提案していくつもりです」と目を輝かす。
 斉藤さんのIターンライフは、地域を元気にする特効薬にもなっていきそうだ。
定住までの経緯
18歳(平成7年)親元から遠く離れているという理由で島根大学を志望、進学する。 23歳(平成12年)友人に誘われて何気なく入った陶芸サークルで、どんどん焼き物の魅力にはまっていく。 25歳(平成14年)「かんべの里」の陶芸工房へ弟子入り。その後、黄瀬戸の勉強をするため岐阜県へ。 31歳(平成20年)雲南市の空き家情報で現在の場所(大東町塩田)に自らの窯「竹翠窯」をひらく。

 
 
 
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