UIターンの先輩達
 

三須恒二さん(41歳)
雨の多い山陰特有の気候もプラス思考で受け止める
三須さん。飲食店を営む父親を見て育った三須さんに
とって、起業はごく当たり前なこと。起こるすべての出来
事を自然に受止め、唯一無二のスタイルが熟成されていく。
三重県から松江市へIターン
三重県出身。高校卒業後、ホテル厨房に始まり、魚河岸、運転手など、さまざまな職種を経験し、平成8年、山陰へIターン。 平成10年、現在の前身となる『OPtMAN(オプトマン)』をOPEN。平成12年、『グラスバレ』1号店となる松江市学園店OPEN。 平成16年には本店となる『グラスバレ・メインストア』を松江市田和山にOPEN。現在、自社ブランド『IMMATURE(イマチュア)』の展開に力を注ぐ。 モットーは「考えろ、もっと良い方法がある」。
タイムテーブル/マネーテーブル 「自由な時間はほとんど無いけれど、それに不満は無いです。経営者はみんなそうなんじゃないかな?」

天職(メガネ屋)を支え、そして広げる  松江がもたらす【ものづくり】の可能性
 「生粋の人間よりも島根を知り、島根を愛しているという自負があります」と笑う三須恒二さんは、現在、松江と米子で店舗展開しているメガネ専門店『グラスバレ』のオーナー。 メガネをおしゃれの一部として日常に取り入れる概念、【アイウェア】を創業当時から発信。以降も山陰を拠点に、アイウェアの流行や価値観を世界との時間差なく提供し続けている。
 若き日は、自分に合った仕事を探すため、数え切れないほどの職種を履歴に刻んできた三須さん。 メガネ屋もその中のひとつだったが、結婚を機にやって来た、奥さんの故郷(山陰)で起業の機運が生まれる。
 「こちらで就職したメガネ屋の保守的な経営方針に違和感を感じたこと、また、メガネがファッションとして確立されようとしていた時期でもあり、 自分の選んだ商品が受け入れられるのか?というチャレンジ精神など、いくつかの要素が重なり、運命に押されるように自分の店を始めたんです」。
 その後、自社ブランドの起ち上げや、店舗数の拡大や縮小等、幾多の試行錯誤や紆余曲折を経て現在に至るが、そんな時代の変化に対応できたのも、松江に拠点を置いたからという三須さん。  「情報的には地方も豊かになったとはいえ、やはり格差はあります。その差を埋めようと東京を追いかけるよりも、流行の発信源である、ミラノやパリと直接勝負したほうが面白い。その原動力を松江の環境が支えてくれるんです」。
 三須さんを支える原点には、商売の前に【ものづくり】があるという。「売りたいものを作る場所が東京なら、松江は【作りたいものが作れる】場所。それはやはり、静かな環境だったり、ゆったりした生活サイクルだったりと、ものづくりに適した環境があるからです。 作家やミュージシャンなど、たくさんのアーティストがいろいろな土地から集まり、山陰に定住していますが、それも同じ理由だと思うんです」。
 湿度が高く、雨の多い山陰の気候風土を「僕は潤いを感じる。こんなに居心地の良い場所はない」と評する三須さん。運命で結びついた仕事、そして土地で、さらなるものづくりの可能性が広がる。
メインストアの店内にある工房では、修理補正だけでなく、自社ブランドのメガネも製作されている。
明るい店内には海外ブランドとともに自社ブランド『IMMATURE』が並ぶ。自分だけのメガネが選べる。
田和山のメインストアは、メガネ愛用者を中心にさまざまな人たちが集う憩いの場所にもなっている。
定住までの経緯
[平成16年 28歳]着ぐるみ工房をやめた後、介護関係の施設で働く。地元の埼玉でそれなりに充実した日々。 → [平成18年 30歳]新聞広告で知った「緑のふるさと協力隊」参加で、島根県にIターン。町ぐるみの人間関係に感動し、「もっとこの場所に留まりたい」と思うようになる。 → [平成19年 31歳]協力隊期間の終了後、JA雲南果樹技術指導センターの扉を叩く。熱意のかいもあり、果樹栽培の研修、生産の仕事につく。 → [平成20年 32歳]島根での可能性をさらに探るため、押しかけ同然に奥出雲葡萄園に働き始める。現在は、仲良くなった地域の人の好意で、超格安家賃の畑付き一軒家を借りて生活している。
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