UIターンの先輩達
 

ニュートン理奈さん(32歳)
 「藁屋」の一員として、すでに頼もしい農作業ぶりを
見せる理奈さん。近くに借りている自宅ではさまざま
な作物を育てている真っ最中。WWOOF2日目に定住
を決めただけあり、益田ライフを充分に謳歌している
ようだ。
東京都から益田市へIターン
東京都出身。専門学校卒業後、ワーキングホリデーやファームステイ等を利用して、海外での生活を数多く経験する。 28歳、ご主人のパトリックさんがワーキングホリデーで来日したのを機に結婚。 その後、東京で生活するが、海外で身についた田舎暮らし(農業)が捨てきれず、WWOOFを利用して、五島列島(九州)、宮古島(沖縄)等を回り、 昨年10月「いわみの藁屋」へ。これが決め手となり、益田市へIターンする。好きな言葉は「みんな違って、みんないい」
タイムテーブル/マネーテーブル  「収入面では都会にかないませんが、時間はお金では買えないと思いますし、今の生活を楽しんでいます。」

バイタリティにあふれる行動力で 起業から町づくりへと広がる夢
 ニュートン理奈さんが、英国人のご主人パトリックさんと暮らすのは益田市桂平町。 体験型農村民泊「いわみの藁屋」が島根県へ定住するきっかけとなった。桂平町は海岸線寄りのなだらかな丘陵に囲まれた小さな盆地の町で、 田んぼ、小川、森といった、里山の要素を丸ごと箱庭に詰めたような独特の景観が素晴らしい。 理奈さんたち夫婦も、この環境に魅了されてIターン生活を始めた。
 海外勤務の多かった父親の影響からか、小さい頃から海外文化に違和感なく接してきたという理奈さん。 社会に出てからは、就職よりも資金稼ぎのアルバイトに精を出すなど、優先順位は「日本を飛び出し、海外を直に体験すること」だった。 23歳のオーストラリア(ワーキングホリデー)を皮切りに、ファームステイなども利用して目的を次々に実行。 そして、初めて訪れたオーストラリアで知り合ったパトリックさんと、帰国後めでたくゴールイン。 それからも「※WWOOF(ウーフ)」の農業体験で国内のホスト(受入先)を2人で回り、昨年10月、島根県のホストとして登録されていた藁屋へ。 (※WWOOFとは、ホストからの食事・宿泊と力(手伝い)を交換する仕組み。双方が金銭のやり取りをしないのが特徴。 日本的に言うならば、労働力をもって一宿一飯の恩義に報いるというもの)
 藁屋滞在の2日目にはIターンを決めていたという理奈さん。 「九州や沖縄なども行きましたが、理想とする暮らしの条件に満たなかった。 でも、ここには海も山も近くにあるし、食べ物もおいしい。それでいて交通の便も良いので、 意外なほど東京もイギリスも近いんですよ」と条件の揃った益田に大満足。 この即断には、住み家探しなど、二人の生活を支えてきた、藁屋ご主人の岩本さんも驚いたという。
 そんな益田暮らしも早一年。理奈さんはWWOOF滞在時と同じく、藁屋の一員として、家業のしめ縄づくりや農作業を手伝う毎日。 「まだまだ生活は苦しいけど、今は楽しいばかりが先立ってます」と笑いながらも、食べ物自給自足の生活を目標に、 ご主人と二人三脚で、島根を舞台にしたスローな田舎暮らしを噛みしめている。
夫妻の恩人である藁屋の岩本さんは、島根県で初めてWWOOFを始めた人物。年間10人以上を受け入れている。
藁屋の家業はしめ縄づくり。収穫から加工まで作業は多岐にわたるが、理奈さんにとってはすべてが楽しい作業だ。
パトリックさんは定住後、すぐに益田市内の英会話教室の講師として就職。一家の大黒柱として家計を支えている。
定住までの経緯
[平成9年 19歳]アメリカでの永住と起業を目標に、フロリダ州マイアミへ。現地では寿司屋で働く。 → [平成12年 22歳]アメリカ国内でテロが頻発したことで、永住権獲得へのハードルが上がり、やむなく日本へ戻る。帰国後は、大阪や東京でバーテンダーとして経験を積む。 → [平成13年 23歳]帰郷したときに、偶然入ったイタリアンの店に感動し、すぐさまその店で働き始める。その後はケーキ作りにも目覚め、市内のケーキ店でさらに修行を重ねる。 → [平成20年 30歳]松江市京店商店街に念願の店、『イタリアンバール LAG』を開店。店の運営とともに、町づくりにも参画し、夢は“土曜夜市の復活”。今夏には松江市東本町に新店をOPENさせる。
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