UIターンの先輩達

山根学さん(31歳)
 「農業が好き」というより「この土地が好き」というのが
 山崎さんの島根暮らしの毎日を支える原動力。この
 土地が好きだからこそ、どんな仕事にも手抜きはない。
 しっかりと日焼けした顔には、逞しささえただよう。
アメリカ(フロリダ州マイアミ)から松江市へUターン
埼玉県出身。地元の高校を卒業後、デザインスクールに進学する。 その後、イベントなどで使用するキャラクター等の着ぐるみを製作する工房、そして介護関係の仕事までを地元・埼玉で働く。 新聞広告で知った「緑のふるさと協力隊」で島根県にIターン。 1年間の体験期間を終えた後、さらにJA雲南果樹技術指導センターで1年間の産業体験を積み、昨年より「奥出雲葡萄園」で働き始める。 モットーは『おいしく食べる・笑う・寝る』
埼玉時代は家族と同居のため住宅費は0ですが、島根に来てからも、様々な方のご好意により住宅費が安いのは助かっています。
タイムテーブル/マネーテーブル

欠けていたものを補ってくれた、人・地域 “続いていくこと”が島根に暮らすテーマ
 雲南市木次町のなだらかな丘陵地に広がる交流施設『食の杜』。埼玉からやって来た山崎直子さんは、そんな自然に囲まれた施設内にある『奥出雲ワイナリー 奥出雲葡萄園』で、 ワイン原料となるブドウの生産管理などに従事する日々をおくっている。
 ここで働き始める2年前、NPO法人『地球緑化センター』主催の「緑のふるさと協力隊」への参加で島根にやって来た山崎さん。
 「都市圏の若者が、一年間の田舎暮らしを通して社会勉強するのがテーマ。今も私が暮らす雲南市掛合町は、協力隊がずっとお世話になっている町なんです」。
 Iターンに興味を持ったのは、「埼玉ではこうだけど、よそはどう?みたいな、埼玉にはない何かを他で見つけたいという思いです。 そんな時、協力隊の広告で知った島根なら「何か見つかるかも?」と行動を起こしたんです」。
 意気揚々の山崎さんを待っていたのが、熱い人情と濃密な人間関係。それが彼女の欠けていたピース(何か)と見事合致する。
 「協力隊の生活は自由が基本。農家を手伝っても、お年寄りのお宅におよばれして、食べたり飲んだりも自由(笑)そんな気軽さのおかげで、自然と地域にとけ込めたし、関係も濃いものになっていったんです」。
 地域への愛着が湧くにつれ、「一年間では物足りなくて「もう少しいたい!」と思いました。 今年まいた種が、来年はどんな花を咲かせるのだろう?とか”続いていくこと“を見つめていたくなったんです。 でも、農業がしたいというより、どちらかというと、「去年のスイカを来年もまた食べたい!」って理由のほうが大きかったりして」と笑う。 どうやら、実際の暮らしのなかで、”島根にいること“そのものが目的となった山崎さん。
 「JA雲南果樹技術指導センターも、今の葡萄園も、島根に長居するために、半ば強引に、わがままを言って働かせてもらっているんです。 そんな私を温かく受け入れてくれる、地域の人々に感謝の気持ちでいっぱい!  これでまた、恩返しするためにここで暮らせますしね」。そういう山崎さんの日焼けした笑顔は、すっかり島根の色彩にとけ込んでいるように見えた。
丘陵地にポッカリと広がる『奥出雲葡萄園』のビニールハウス。この広大な栽培面積を少数精鋭で管理している。
こづかいはあまり使わない山崎さんだが、日頃使う道具には気をつかう。中でもこだわるアイテムは長靴らしい。
葡萄園に隣接する室山農園の畑も山崎さんの仕事場。この日は美味しそうな紫タマネギが食べ頃になっていた。
定住までの経緯
[平成16年 28歳]着ぐるみ工房をやめた後、介護関係の施設で働く。地元の埼玉でそれなりに充実した日々。 → [平成18年 30歳]新聞広告で知った「緑のふるさと協力隊」参加で、島根県にIターン。町ぐるみの人間関係に感動し、「もっとこの場所に留まりたい」と思うようになる。 → [平成19年 31歳]協力隊期間の終了後、JA雲南果樹技術指導センターの扉を叩く。熱意のかいもあり、果樹栽培の研修、生産の仕事につく。 → [平成20年 32歳]島根での可能性をさらに探るため、押しかけ同然に奥出雲葡萄園に働き始める。現在は、仲良くなった地域の人の好意で、超格安家賃の畑付き一軒家を借りて生活している。
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