おかえりなさい!! - 私はこうやって島根へのU・Iターンを実現しました

農業や手紬ぎの毛織物製作で手作りの暮らし大自然に抱かれたスローライフを満喫

プロフィール

増成孔也さん
  明子さん
  • 年齢/49歳(孔也さん)42歳(明子さん)
  • 出身地/岡山(孔也さん)東京(明子さん)
  • 現在の住まい/島根県邑南町
  • 現在の仕事
    農業
  • 産業体験先
    にちはら総合研究所
 

突然の喘息発症で、田舎暮らしを決意

 島根県の最西部に位置する津和野町で農業にチャレンジしているご夫婦がいる。増成孔也さん、明子さん夫妻だ。増成さん夫妻は4年前、Iターンで津和野町へ移り住み、今は水田や畑を耕作しながら、大自然に抱かれた田舎暮らしを満喫している。

 移住のきっかけとなったのは明子さんの病気だった。増成さん夫妻は長年横浜に住んでいたが、7年ほど前、明子さんが突然の喘息を発症した。
「近くに新しい駅ができたり、マンションの建設ラッシュがあったりと、住環境が悪化してきたのが原因かもしれません。主人の仕事のこともあったので、横浜近郊で環境の良いところを探したんですが、なかなか見つからず、地方への引っ越しを考えるようになりました」(明子さん)
 孔也さんは当時、自営で内装の仕事をしていた。そこで、知人のつてを頼って地方移住に関する情報を求めたところ、津和野に縁のある知人から島根への移住を勧められた。

 実は、増成さん夫妻は10年ほど前に島根を訪れたことがあった。キャンプが趣味の孔也さんは、毎年全国をキャンプで廻っていたためである。
「海もあって、山もあっていいところだな、のどかなところだな、という印象でした。夫婦ともに島根に縁があるわけではないですし、移住すれば仕事もまったく一からのスタートでしたが、田舎暮らしには興味がありましたので決意しましたね」(孔也さん)

休耕田を活用し地域に 役立つ農業を

 津和野に移り住んだのは平成17年3月。「にちはら総合研究所」にて冬虫夏草の人工生産に携わった。移住してから、少しづつ田んぼや畑も手がけるようになり、徐々に本格的に農業をやりたいという思いが強くなったという。そして今年、にちはら総合研究所を退職し、夫婦で本格的に農業をスタートすることとなった。

  1. 丁寧に心を込めて毛糸を紡ぐ明子さん
  2. 薪ストーブ用の薪割りをする孔也さん。昔ながらの風景だ。
  3. 増成さん夫婦が可愛がっている2頭の羊

「家のまわりには持ち主が高齢化したことによって、耕作できない土地がたくさんあり、それらを借り受けています。今、田んぼが3反、畑が1.5反あります。地域の土地を僕たちが活用することで荒れ地にしないですむことが、とてもうれしいですね」(孔也さん)
「農業は、その土地に合ったものを作るのが一番だと、この四年の経験で学びました。これからは野菜のほか、それらを利用した農産加工品を作っていきたいです。こんにゃくや、自家製大豆を使った味噌や醤油なども作っていきたいです」(明子さん)

 増成さん夫妻の暮らしぶりは、まさにスローライフである。冬の暖を取るのには薪ストーブ。薪割りは孔也さんの仕事である。また庭で飼育されている鶏は、有精卵をふ卵器で温め、自らが孵化させて育てたもの。その生みたての卵が食卓に並ぶ。また春の山菜シーズンになると、食材は裏の山から調達してくるのだという。

自ら刈り取った羊毛を、染め、織る楽しさ

 増成さん宅には、鶏とウサギのほか、もう一種類愛らしい動物が暮らしている。2頭の羊である。これは明子さんが羊毛を作ろうと飼い始めたもの。春に刈り取った毛を、自然の染料で染め、手紬ぎで毛糸を作り、人形や生活雑貨を織り上げている。

「羊毛関連のワークショップなどに参加して技術を学びました。その時のご縁で羊を譲ってもらえることになったり、あちこちで良いご縁をいただいて、やっとここまでできるようになりました。今後は手染め、手紬ぎの毛糸で作る作品を、どんどん手がけていきたいと思っています」(明子さん)

 増成さん夫妻は、近隣に住む移住者の人たちともネットワークを作り、地域の活動にも積極的に協力したいと考えている。2人の笑顔には、田舎暮らしを楽しむ喜びが溢れている。

増成さんの今に至るまで

横浜在住時、明子さんが喘息を発症。環境の良い土地への移住を検討し始める。
津和野町にゆかりのある方から、島根への移住を勧められる。
平成17年3月から「にちはら総合研究所」にて産業体験。冬虫夏草の人工培養に携わる。
今年より農業を本格的にスタート。また、明子さんは羊の飼育から手がける手染め、手紬ぎの羊毛で手織物製作も行う。