晴耕雨読 - ある団塊世代のセカンドライフ

自分らしくなければ意味がないロックの精神で仏教に新風を吹き込む

 

お寺の和尚さんはロックボーカリスト

 雄大な日本海を目の前に望む出雲市多伎町久村。その町を見渡す高台に建っているのが、1570年創建の浄土真宗・西楽寺だ。第16世住職の藤原眞琴さんは、妻の陽子さんとともに1999年に東京からUターン。由緒ある寺を守り、仏道に精進している。

 普段は袈裟をまとい厳かにお経を唱える住職だが、実はもう一つ別の顔を持つ。なんと経典や古い書物の一節を、ロックやレゲエなどのリズムにのせて歌い上げるボーカリストでもあるのだ。それが陽子さんとのデュオ「西楽寺二重奏」。約5年前から本格的に活動を始めた藤原さん夫妻は、西楽寺本堂のほか、依頼があれば学校などにも出かけてライブを開いている。また、ご夫婦で夕方5時から放送している地元ラジオ番組にも出演し、パーソナリティーとしても活躍している。

 自主制作したCDには、「世のなか安穏なれ」「方丈記」「浄土和讃」などが収録され、編曲とキーボードは陽子さんが担当している。練習やレコーディングの場は、ご本尊を横に拝む“本堂スタジオ”だ。「親鸞聖人や蓮如上人などのお言葉をそのまま歌っています。ちょっと分かりにくいですが、これ以上の歌詞はないですよ。素晴らしいみ教えを若者にもアピールしたいんです」。少し刺激的ながら、これが藤原夫妻流の布教活動なのだ。

第二の人生でも音楽経験を活かしたい

 眞琴さんは18歳で上京、服飾専門学校に入った。その後、コンサートのプロデュースやテキスタイル会社の経営などで才能を発揮。華やかな世界を陰で支える一方、次第にアーティストとして自身も表舞台に立つようになる。30歳には、同じ学校だった陽子さんとロックバンド「アースリング」でメジャーデビューし、ニューヨーク公演を行ったこともある。
 そんな華々しい生活から一転、仏門に入るのを決めたのは先代の病気が理由だった。東京の寺で10年ほど僧侶をつとめ、先代の死をきっかけに地元に戻ったが、本当は帰りたくなかったという。しかし、「Uターンしてきたからには、こちらでの生活が輝かないとだめですよね。それも、過去の自分を無にするのではなく、都会でのキャリアを活かさないと意味がない」と好きな音楽とお経を融合させた曲作りを思いついた。
 自殺や犯罪が相次ぎ“うつの時代”と言われる今、音楽を通して仏の教えを出雲の地に広めることに生きがいを感じている。「かつて琵琶法師がいたように、元々音楽と仏教はとても密接な関係にあります。今ではおじいちゃんやおばあちゃんもノリノリで聞いてくれますよ」。

自主制作CD「世のなか安穏なれ」。眞琴さんの低音の歌声が心地よく響き、お経や古文書の言葉もすんなり耳に入る。

一般公募約550通の応募作の中から選ばれた藤原さんの「世のなか安穏なれ」。

海と山に囲まれた穏やかな土地にたたずむ西楽寺本堂と自然葬の合同墓。

自由な発想で仏の道を邁進する

 もちろん本職にも熱心に取り組んでいる。その一つが、江戸時代から続く裏山墓地を自然葬墓地としたこと。自然葬とは、墓石を置かず遺骨を直接地中に埋葬することだ。「音楽以外にも、もっと役に立てることがないか考えていたんです。田舎ならではのロケーションが自然葬には適していました」。

 周りを緑に囲まれたこの墓地は、宗教も宗派も一切関係なし。遺骨の一部を納めた合同墓には、眞琴さんも毎日手を合わせる。最期は自由の天地で永眠したいと、岡山や広島、関東方面からも見学に訪れる人がいるという。
また二年ほど前には、2011年の親鸞聖人750回忌法要を社会にアピールしようと京都・西本願寺が募集したスローガンに作品を応募。550通の中から見事に眞琴さんが選ばれ「世のなか安穏なれ」に決定した。いま全国各地で「安穏」と書かれたポスターが貼られている。

「どこまでできるか分からないけど、仏法を伝えていくのが住職としての仕事だと思っています」。根底に揺るぎない信念を持つことが、いつまでも無理せず自分らしく生きることができる秘けつのようだ。

藤原 眞琴さん(写真:左)

島根県出身(59歳)

陽子さん(写真:右)

東京都出身(56歳)

浄土真宗本願寺派・西楽寺の住職と坊守。プロのアーティストとして活動した経験を活かし、「西楽寺二重奏」の名前で音楽を通した仏法の普及にも力を入れている。

HP:http://www.sairakuji.com/