おかえりなさい!! - 私はこうやって島根へのU・Iターンを実現しました

田舎暮らしにあこがれて家族で移住 美しい海で育つ岩ガキの養殖にチャレンジ

プロフィール

永谷 仁さん
  • 年齢/33歳
  • 出身地/熊本県熊本市
  • 現在の住まい/隠岐郡知夫村
  • 現在の仕事
    岩ガキの養殖
  • 産業体験期間
    平成18年2月〜平成19年1月
 

テレビ番組で田舎に憧れ家族で移住を決意

 美しいエメラルドグリーンの海に囲まれた知夫里島。数多くの船が行きかう知夫湾には、たくさんの「いかだ」が浮かんでいる。岩ガキの養殖場である。そこで真剣な眼差しで岩ガキの様子を見ているのが永谷仁さんだ。永谷さんは熊本生まれの熊本育ち。3年前にIターンでこの地に移り住んだ。「きっかけはテレビ番組なんです。10万円で暮らせる田舎生活を紹介する番組を見て、憧れましたね。妻も子育てには田舎のほうがいいという考えだったので、家族で移住できる場所を探しました」

 熊本在住の時、永谷さんは建築関係の仕事をしていた。妻のマリさんは看護師。2人の就職先を見つけてから、移住する計画だったが、先にマリさんの就職先が島の診療所に決まる。「仕事は行ってから探そう」という軽い気持ちで、永谷さんは仕事を決めないままやってきた。
「建築の経験が生かせる仕事を探したんですが、まったくありませんでした。そんな時、近所でいろいろ相談にのってもらっていた仲野さんから『岩ガキ養殖をやってみないか?』と声をかけられ、まったく未経験の仕事にチャンレンジすることになりました」

 その後、ふるさと島根定住財団の産業体験制度があることを知り、正式に仲野さんのもとで岩がきの養殖を学ぶことになった。

自然と対峙する難しさと豊かな恵みに驚きの日々

 隠岐の岩ガキは、冬場に最盛期を迎えるマガキとは種類がちがい、中には1kgを超える大きなものもある。ぷりぷりと締まった身と、豊かな磯の香りを閉じ込めたまさに「海のミルク」。平成四年に全国で最も早く隠岐島が養殖に成功し、ブランド化にも力を入れている。

 仲野さんのもとに弟子入りした永谷さんだったが、貝の養殖どころか、海で仕事をすること自体がまったくの初めて。最初は戸惑ってばかりだったという。
「ジェットスキーはやったことありましたけど、船の免許も持っていなかったですからね(笑)。本当に『一からのスタート』でしたよ。免許を取ってからも、海の上でエンジンが止まったこともあるし、ちょっと波が高いと船酔いしたりします(笑)。仲野さんからは『風を読め、潮を読め』と言われますが、そういう地元の人には当たり前のことが、自分にとっては本当に難しいですね」

  1. 永谷さん一家。皆さん真っ黒に日焼けしているのが印象的。
  2. 現在養殖中の岩ガキ。出荷が待ち遠しい。
  3. 養殖場までは船で移動。船を操作する姿もかなり板についてきた。

 毎年11月頃、岩ガキの種付けが行われる。種を付けたホタテガイを海に入れ、成長を待つ。そして10センチくらいに成長したら、一旦取り出し、一枚一枚ばらばらにして、くくり直す。そのひと手間で、一枚ごとの成長が良くなる。細かい作業の一つひとつが、仲野さんからの直伝である。

周りの人に支えられて初出荷に期待を寄せる

 「産業体験のあとも、仲野さんがいろいろと面倒を見てくれています。移住してきた時は不安ばかりでしたが、仲野さんを初め、近所の方々が家族のように接してくれたので、なんとか頑張ってこれたんだと思います」

 岩がきは種付けから出荷まで約4年かかる。3年前、産業体験中に種付けしたカキが来年初出荷となる。およそ3000個を出荷予定だ。
「熊本にいる時は、生のカキなんてほとんど食べませんでしたが、隠岐の岩ガキは本当においしい。これからも島を代表する産物として、誇りを持って岩ガキを生産していきたいです」と、真っ黒に日焼けした顔から白い歯を覗かせ、明るく語ってくれた。

永谷さんの今に至るまで

10万円で暮らせる田舎生活を紹介するテレビ番組をみて田舎生活に憧れる
奥さんと相談し、家族で移住できる先を探すことに。インターネットなどで情報を集め、知夫村を知る。
奥さんが島の診療所に就職が決まり、家族で移住することに。
仲野さんのもとで「岩がきの養殖」を学ぶ。
来年の初出荷を目指して、毎日の作業に励んでいる。