おかえりなさい!! - 私はこうやって島根へのU・Iターンを実現しました

子どもの頃から憧れていた農業にチャレンジ 徳島からIターンで切り花栽培に夢をかける

プロフィール

木場賢治さん
  • 年 齢/41歳
  • 出身地/徳島県鳴門市
  • 現在の住まい/安来市東赤江町
  • 現在の仕事
    花き農家
  • 産業体験期間
    平成17年7月〜平成18年6月
 

脱サラして農業へ 田植えを契機に一大決心

 「両親にはやっぱり反対されましたよ。縁もゆかりもない島根県で農業をするって言い出すんですから」。

 そう語る木場賢治さんは、Iターンで新規就農を果たした1人。安来市赤江町の休耕田9ヘクタールを借り受け、切り花の栽培を行っている。

 木場さんの出身地は徳島県鳴門市。「鳴門金時(ナルトキントキ)」の産地である。木場さんの実家の周りも、一面イモ畑だったという。そんな環境で育ち「農業をやってみたい」という思いは子どもの頃からあった。しかし、生まれ育った家はサラリーマン家庭。畑にする土地もないことから、農業への思いは「憧れ」に終わっていた。

 そんな木場さんが、再び農業に出会う時が来る。サラリーマン時代、取引先に農業法人があり、田植えを手伝うことになった。初めての農作業。木場さんの心に封じ込めていた農業への思いが湧き上がってきた。
「田植えがものすごく楽しかったんです。その時『夢にもう一度チャレンジしよう』と心に決めました」

新規就農へ向けて移住先は「島根」を選択

 それから木場さんは、新規就農に向けてのチャレンジを開始する。まずは茨城の日本農業実践学園へ行って農業の基礎を学び、岡山県の農業法人での農作業の実体験を経て、新規就農をサポートしてくれる制度などを調べ、新天地を探した。

 全国の自治体がさまざまな取り組みを行う中で、木場さんが注目したのは、自立して農業をできる環境が一番整っている島根県だった。決め手は「新規就農に一番熱心だったから」。県の担当者の「熱意」が縁を結んで、木場さんは島根への移住を決意した。

 1年間の産業体験の後、県の新規就農者の認定を取り、昨年より安来市赤江町で念願の農業をスタート。ビニールハウスと露地栽培で、色とりどりの花を栽培している。

  1. 安来の暮らしにも慣れ、ご近所の方とも交流が深まっている。
  2. ビニールハウスの中で満開のナデシコ。
  3. 栽培から、選別、出荷まで木場さんが1人でこなす。

 自然を相手にする仕事なので、休むわけにはいかない。また切り花は、出荷が1日ずれただけで価格に大きな差が出ることもあるので、市場の動向を見ながらの作業が続く。
「花はたくさんの種類があり、何を作るかによって作業や収益も変わってきます。それらを自分の裁量で選べるのが楽しいですね。確かにプレッシャーはありますけど、サラリーマン時代とは苦労の質が違うと思います。誰かに指図されてやるのではなく、自分の裁量で好きな花が作れるところがいいですね。苦労もあるけど、充実した楽しさがあります。丹精込めて育てた花が市場で高く売れた時は、喜びもひとしおですよ」

周囲のサポートに感謝まだまだ夢の入り口

 1人で黙々と作業をこなす木場さん。まだスタートしたばかりで試行錯誤が続いているという。
「農業を支えるのは人間の労働力です。自分1人でできる仕事には限界があります。自分以外に、農作業に従事してくれる人を見つけることが、新規就農にはとても大切だと思います」と、現実の厳しさも語ってくれた。

 そんな木場さんをサポートしてくれているのが、農業普及員や地域農家の皆さんだ。
「周りの皆さんの支えがあってどうにかやっています。たまに地元の農家の方から失敗談を聞いたりするんですが、『ベテランの人でもそんなことがあるんだから、失敗して成長するんだな』と自分を励ましています。1日も早く軌道に乗せて、作りたいものを、もっと作れるようになりたいです」

 ハウスの中で咲き乱れる花のように、木場さんの夢も大きく花開く時が来るに違いない。

木場さんの今に至るまで

サラリーマン時代、滋賀県の農業法人にて田植えを体験。農業の魅力に改めて触れ、新規就農を目指して脱サラ。
茨城県にある専修学校 日本農業実践学園へ行き1年間、農業の基礎を学ぶ。
岡山県の農業法人で8ヶ月間、実際に農作業に従事する。
全国の新規就農者に関する事業や募集を調べ、定住財団の産業体験を知る。島根県の担当者が熱心に勧めてくれたこともあり、島根で農業に従事することを決意。
産業体験後、島根県の認定就農者になるために、中海干拓営農センターにてさらに1年間研修を受ける。
安来市赤江地区の休耕田を借り受け、切り花栽培をスタート。