出雲大社と山を隔てた日本海側、小さな入り江と古い民家が並ぶ鵜鷺(うさぎ)地区。この静かな地域で、イベント等さまざまな活動を行なう「鵜鷺コミュニティセンター」(以下、センター)に所属する安部勇さん。平成11年に故郷の鵜鷺に戻って以来、地区の活性化事業で多忙な毎日を送っている。
 高校卒業後、在阪の化学系企業に38年間勤務した後、すでに子供が自立していることもあり、会社の早期退職制度を利用、定年まで5年を残し55歳で帰郷する。尚早の退職、帰郷の理由は、年老いた両親のためであったが、帰郷後ほどなく両親が相次いで他界し、現在は夫婦2人での生活を送っている。
 安部さんが地域活性化に着手したきっかけは、過去に地元中学生が作成した地域の未来を予想した資料だった。「産業の空洞化を危惧し、いずれ年寄りだけの地区になる、といった内容でした。現在、この資料が予想した通りになってしまった。地域(行政)が有効な手をうてなかった結果なんです。それで、何もしないよりは今からでも何かを始めた方が良い!と思い立ったんです」。早速、地域の人々に地区を元気にするための呼びかけを開始すると同時に、同じ境遇で地区活性化に励む地域へ研修に赴くなど、安部さんの奮闘が始まる。
 こうした努力が実り、センターを拠点に「鵜鷺げんきな会」が一昨年発足。同時にセンター職員となった安部さんは、まず地区の空き家を利用した宿泊施設を企画する。その後、3軒の空き家が宿としてスタート。会のホームページでこの宿を知った県外客が利用するなど、徐々に手応えも出てきている最中だ。また「泊まるだけでなく、鵜鷺ならではの体験も」と塩炊き(塩作り)体験もスタート。これは地区の産業資源としての活用も視野に入れている。
 「銅山や北前船の寄港地としての歴史アピールや観光遊覧船など、まだまだ考えることがいっぱいあります」。長期的な展望で活性化を図る安部さんは、地区の高齢者が参加できる事業などを企画していきたいという。「やり甲斐になって収入にもなる。そうすれば鵜鷺も自然に元気になってくると思うんです。」と笑う。安部さんと鵜鷺の人々の魅力あふれる地域づくりは始まったばかりだ。

 

北前船の寄港地として、銅山の町としてかつて賑わった鵜鷺地区。出雲地方では珍しく高級品であった赤瓦の町並みが、往時の豊かさを偲ばせている。鉱山の町として、石見銀山がある大田地区と似た文化も残されている。





   
自然の中に暮らしているという実感が湧くところですね。また年金生活者にとっては、何事にもお金のかかる大阪よりも随分良い暮らしが出来てると思います。
  生活費そのものは掛かりませんが、葬式等、地域の交際費の多さはちょっと困ります。古い慣習をもっと簡略に合理化できたら良いですね。   人口減は救えそうにもないですが、祭り等、地域に伝わる伝統的な行事をしっかりと残して、後世に繋げていければと思います。
     
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