八田 明彦 さん〈67歳〉
鹿児島県出身

自動車メーカーの金属加工の技術者として勤務後、1年間の京都生活を経て、昨年11月より隠岐の島町に暮らし始める。町から紹介された現在の住まいは小高い場所に建つオール電化の家で、晴耕雨読的な生活との対比が面白い。船のオーナーにもなる今後は、マイペースな半農半漁の生活が待っている。


趣味の延長で夢想し始めた悠々自適な新・ライフプラン

 隠岐の島町の東側に位置する油井は、島の玄関口・西郷から車で30分程の距離にある、小さな入り江と漁港のある、昔ながらの島風情の漂う静かな地区。そんな油井を新たな定住先に選んだのが、八田明彦・洋子さん夫妻。神奈川県藤沢市で40年近くも自動車メーカーの技術者として働いてきた明彦さんと、それを内助の功で支えた洋子さん。洋子さん曰く「サラリーマン時代から何をやっても器用にこなす」明彦さんの一番の趣味は畑仕事と釣り。「定年退職後は、趣味を持っていること。それを生き甲斐にすること」が大切だと感じていたという明彦さんは、休日ごとの畑いじりや釣りなどを楽しみながら、好きなことをやって暮らす悠々自適なライフスタイルを夢想していた。

悠々自適を持て余し夫婦で始めたアルバイト

 「退職後は、2人でアルバイトもやってみたんですよ」。元来、行動派でじっとしていることの嫌いな明彦さんは、求人広告に掲載されたハウスクリーニングのアルバイト募集を見つけ、洋子さんと一緒に働き始める。やり甲斐のある楽しい仕事だったが、高層マンション等を現場とする仕事に危険がないわけではない。年齢から来る体力的限界もあり、有意義だったアルバイトも3年で辞することとなった。

実姉との提案で京都暮らしを経験、そして新しい理想の定住先探し

 そうした日々の出来事を京都に住む実姉とやり取りするうち、京都移住の話が持ち上がる。「長く暮らした土地でしたが、理想とする第2の人生を実現するためには、藤沢は少し窮屈だったかも」と述懐する。この後、すぐに行動に移し、1年間を京都で生活した夫妻。明彦さんの実姉の住む京都丹波地方は、住人の人柄も良く、自然環境も最高だったが、「やはり2人だけの生活が気兼ねしなくて良い」と新たな移住先を探し始め、ようやく隠岐の島に辿り着いた。
 「信州や四国、同じ島根県内の飯南町など、いろいろ訪ね歩きましたが、私にとってはここが一番でした」。油井の人々は「なんでこんな田舎に?」と不思議がったというが、田畑も豊富で好きな野菜作りも出来る。ましてや目の前には綺麗な海が広がるという、太公望にとっては絶好の環境。明彦さんにとって、これ以上条件の合う土地は無かったのだ。

生活そのものが人生を楽しく彩る 隠岐の島のネイチャーライフ

 今年の11月で1年目を迎える隠岐の島生活。近くに借りた畑で、黒豆やサツマイモ、ネギに小豆と、風の強い油井地区の環境に適した根菜作りに精を出す毎日。さらに釣り船を地域の人から譲り受けたことを機に、船舶免許も取得。現在、船舶の登録申請中で、この号が出る頃には初船出も体験しておられるだろう。
 「畑に、釣りにやることがたくさん!今はどうやって時間をやりくりするか?それを考えるだけで楽しいんです」。京都をきっかけに始まった新しい人生の舞台作りは、隠岐の島にしっかりと土台を築き始めたようだ。

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