船長の“鮮度”に対するこだわりが品質に反映された、浜野さんが所属する『東西丸』の沖イワシは、高値で取引される。鮮度を守るための乗組員の仕事の機敏さは、他船からも評価されている。


 


 「釣りが好きで、子供の頃からよく兄と魚釣りをしていた。」と語る浜野さんは、尼崎市から転職のために島根にIターン。尼崎では医薬品会社に勤務していた。釣りが好きで、単純に漁師という職業に憧れを抱いていたサラリーマン時代、大阪で開催された漁師フェアに出席した。漁船の規模や漁法によって漁獲量や魚種、仕事内容が違うことなどを知り、魚種が豊富な『底引き網』漁法に注目。フェア終了後、いくつかの地方の出先機関を訪れ、大阪市内にあるしまね定住財団で漁師希望登録制度の情報を取得した。希望する底引き網の求人が出たときに案内されるという登録制度は他の地方では見当たらず、登録することにした。
 しばらくすると久手漁協から底引き網の求人が出た。周囲の皆から反対され、知らない土地で一からのスタート。不安もあったが当時35歳の年齢で、憧れる漁師への転職は最後のチャンスと、転職と移住を決意した。この話に奥さんは大反対。どうにか説得してみたものの、体調の優れない義父のこともあり、産業体験制度を使って単身でIターンすることにした。
 転職してみると「朝は早いし、船酔いにも悩まされ、自分が想像していた以上にきつかったです。」と振り返る。一通りの仕事を覚えるまでは3〜5年かかると言われているが、浜野さんは1年余りでマスター。「彼の仕事に対する姿勢や人柄は皆が認めています。5年目の現在はIターンの後輩のよき理解者。漁協にはなくてはならない存在です。」と漁協スタッフからも頼りにされている。
 「途中くじけそうになりましたが、反対する家内を押し切ってまで来たこと、尊敬する船長や仲間の励ましがあったこと、そしていつかは自分の船を持ちたいという夢があったことで、踏ん張ることが出来ました。」漁師の世界は、危険や苦労を共有する仲間同士の結びつきが強い分、仲間として認知されるまでの行動や実績が必要。仲間入りが果たせた今すべきことは「先輩の仕事の正確さとスピードに追いつくことと、将来独立に必要な人脈を広げていくこと。」だと語ってくれた。

 

   
未経験のことばかりで新鮮です。大漁の時の喜びはひとしお。それから、魚料理が作れるようになった事。温泉が近くに多くあるので、気軽に行けるのは贅沢だと思います。   単身赴任なので、家事を全てしなければいけないのと、やはりさみしいです。いずれはこちらへ呼んで一緒に暮らしたいと考えています。   自分の船を持って操業することです。そのためにも毎日が修行と勉強だと思い、自分を高めていきたいです。
     
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