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千葉県習志野市から
簸川郡斐川町に
Iターン
      みちこ
吉野路子さん(25歳)
 
personal data
<職場> 斐川町「出西織」
<仕事> 出西織職人になるための修行中
 「自分の生まれた日本の文化を探求するうちに、“出西織”に出会ったんです」というのは、斐川町の伝統工芸“出西織”職人になるため、出西織の創始者・多々納桂子先生の指導で、この春から修行を始めたばかりの吉野路子さん25歳。
 大学時代、日本の織物をテーマに様々な素材を探求するうち、より生活に密着している手紡ぎ木綿の仕事に深い興味を持った彼女は、自分の求める手紡ぎ木綿を探す旅の最中、出西織と多々納先生に出会う。「巷に溢れる紡績に較べ、出西織はまさに“生きている布”」とその存在感に魅了され、さっそく弟子入りを志願したのだ。
 出西織は、棉(紫蘇種:しそしゅ)の栽培から、糸つむぎ、藍染めとすべてが手づくり。日本在来の紫蘇種(しそしゅ)は棉が小さく繊維も短いため、紡ぐには高い技術を必要とするが、「すべて守るべき伝統」という多々納先生のこだわりで、ひとつひとつ丹念な作業と熟練の技で仕上げられていく。当然そうやって出来上がった織物は、暖かさ、柔らかさ等、紡績には真似することのできない風格を放つ。吉野さんはそんな出西織のすべてに惚れ込んだのだ。「やりたい一心で始めたことだから、辛さはまったくない」というが、修行から半年が経ち、技術も向上したあたりから、「藍が長くもたない」という壁に直面している。藍が長くもたないとは、藍の調子が悪く、藍の液の良し悪しを職人が判断する“藍の華”(染色液の中の空気が抜けてできる泡)も壊れて無くなり、染まらなくなることで、これも生き物(藍菌)を扱う出西織の難しさのひとつ。だが、そうした難題も「ここから先は自分で苦労して身につけていくことですから」と前向きな気持ちで取り組む毎日。
 吉野さんにとっての島根は?と聞くと、「修行中の身なので、先生の所が島根のすべてです」と笑う。しかし豊かな自然に囲まれた斐伊川に由来する、棉栽培に適した砂地と水のある斐川町は、最高の環境であることは間違いない。「出西織を通じて、自然(環境)の大切さを伝えていければ」と吉野さん。自然の恵みを享受して完成する出西織。吉野さんはその伝統と精神をしっかりと継承していけるだろう。
ざっくりした風合いに、柔らかな肌触りが出西織の特徴。熟練した技術を要する伝統的な「発酵建て」で染められる深みのある藍色は、使い込むだけ味が出てくる。
 
織物に興味を持つきっかけ
▼平成13年 19歳
大学在籍中、自己のテーマとして選んだ日本の文化を掘り下げていく課程で、織物文化に出会い、職人の世界に興味を持つ。
出西織に出会う
▼平成16年 22歳
全国の織物産地を巡るなか、見学に行った倉敷の織り元の先生から、出西織と多々納先生を紹介してもらい、翌日さっそく斐川町を訪れ、本物と出会う。
修行のため島根へ
▼平成18年 24歳
(出西織の)受け入れ体制が整う間、丹波の織り元で1年間織物の基礎を学び、4月から多々納先生のもとで待望の修行が始まる。
現在
糸つむぎ、機織(はたおり)などの技術面は多々納先生のお墨付きをもらうほど上達。現在は、難しい藍染めで試行錯誤の日々。
   
今まで経験することがなかった食材などに出会ったのも嬉しかったですね(笑)木の芽でも何でも食材になるんですよね。そういう食の面でも自然のありがたみを感じることが出来ています。
 
   
たとえ一本立ちしても、ここほどの作業環境を作るのは大変ですから、まずは棉だけでも自分で栽培していきたいし、機(はた)もずっと使い続けて、早く自分の道を見つけていきたいですね。
 
BeanS topバックナンバーVol.22 》UIターンの先輩たち