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「島根をより活性化したい。」
「島根の伝統を守り続けたい。」
様々な人のそんな思いが、島根を少しずつ動かしています。
「動き=風」
島根に風を起こしている活動・人物を紹介します。
今回の紹介は □■□ 浜田ライフセービングクラブ □■□
 江津市の西端から浜田市にかけて5km以上もの長大な砂浜が広がる石見海浜公園。環境省の「全国快水浴場百選」にも選ばれたクリーンで風光明媚なロケーションは、シーズンともなると、地元はもとより広島エリアから大勢の海水浴客が押し寄せる西日本有数のマリンレジャースポットである。しかし、その楽しさの反面、さまざまな危険を伴う“海”が舞台。石見海浜公園クラスの広域スポットともなると、水難救助の知識を身につけた人々のサポートが必要不可欠。昨年結成された「浜田ライフセービングクラブ」は、海にかけるメンバーの思いと、地域のニーズが自然に融合した好例といえる。中心メンバーの笹田卓さんと長澤規史さんは、地元浜田の中学時代からの親友。それぞれ関西の専門学校と大学へ進学した2人は、卒業後、長澤さんの呼びかけで、マリンスポーツ関係の仕事に就くため沖縄へ。長澤さん曰く「2人とも浜田に戻るつもりはなかった」というが、ライフセーバーとマリンスポーツインストラクターの資格を取得後、4年間にわたり沖縄の海で生活を続けるうち、地元への思いが徐々に募っていく。

広島を中心に大勢の海水浴客がやってくる石見海浜公園。 7〜8月の期間は4〜6人のスタッフが常駐、監視にあたる。
 「子どもの頃から親しんだ浜田のきれいな海は、沖縄の海と比べても何ら遜色がないことに気づいたんです」と笹田さん。“地元浜田の海で本格的なマリンスポーツを定着させたい!”という思いに駆られた2人は、2000年に地元浜田にUターンするとすぐに、浜田市長に嘆願書を提出するなど精力的に始動。しかし、ジェットスキーなどに対する“海の暴走族”的なイメージをうまく払拭できず、活動はスタートから逆風に見舞われた。暗礁に乗り上げた笹田さんは素潜りの漁師として、長澤さんはアルバイトで生活を支える一方、2001年と2002年に開催されたマリンスポーツ体験イベント「アクアフェスティバル」の主力メンバーとして運営を支えるなど、海浜公園を利用する人々に向けた啓発活動を行いながら、次なる好機を待つ日々が続いていった。
 マリンスポーツイベントをきっかけに地元の誤解が氷解し始め、2002年冬にはマリンスポーツの提供を行う「いわみマリンスクール実行委員会」を官民で結成するにこぎ着けた。翌2003年春にはその活動に対して県からの助成金が決定したことにより、毎年の継続的なマリンスポーツ活動の地盤が整い、ようやく活動は本格的なスタートをすることになった。「マリンスポーツとライフセーバーは密接な繋がりがある。安全安心に海を楽しむためにも、ライフセーバーの役割が最も重要になる」とマリンスポーツ活動と並行して、同年夏には長澤さんを代表とする「浜田ライフセービングクラブ」が遂に設立された。そして早速ジェットスキーやレスキューチューブを使い、ボランティアの監視・救助を実施したことろ、知識豊富なメンバーの活躍によってこの年の事故数はゼロ。この活動が大きく評価され、翌2004年夏からは海浜公園管理者側から、このエリアの監視業務を正式に委託されることになった。
小学生対象のライフセービングスクールでは、シュノーケルなどを使って海に親しみながら、専門知識も伝授。
 5名だったメンバーも、現在は15名を数える。集中力を要するライフセーバーの仕事は、やる気のあるメンバーの確保が必須であるため、後進の育成が重要となるが、「数人の主力メンバー以外は、アルバイトや学生が主体。せっかく技術を身につけても、就職などの事情で浜田を離れていってしまう」と問題点も抱える。素潜り漁という海を糧にした職業に就く笹田さんは、「シーズン中だけでなく、一年を通して海で生活できる環境を探していくことが大切であり急務」と語る。そのためにも今夏が正念場。「ライフセーバーの重要性、やり甲斐をもっとアピールして、長く関わってくれる仲間を集めていきたい」と目標を掲げる。今年も山陰に夏が来る。浜田の海で活躍する彼らの勇姿をぜひ生で見て欲しい。
BeanS topバックナンバーVol.20 》しまねの風