東京都→鹿足郡津和野町奥ケ野にIターン
田中 海太郎さん(31歳)
 
    personal data
〈出身地〉福岡県久留米市<仕事>津和野町奥ケ野で農家を営む傍ら、最近はギター片手に積極的にライブ活動を行う。目指すは春・夏・秋は農家、冬は音楽家という、世界初の“ファーマーミュージシャン”
 
       
写真は海太郎さんが管理する畑。近頃はケールの栽培にも成功している。

 田舎での生活に憧れ、何の知識もなく津和野町奥ヶ野村に飛び込んで早6年。田中海太郎さんは今日も日々の生活が“百姓”だ。
「農家のことを昔から“百姓”って言うじゃないですか。それって“百の姓”ということで、つまりはいろいろなことを糧にして日々生活をしていくことなんじゃないかとここに来て思いました。そして僕の今していることも農業という“職”じゃないと。たとえば声がかかれば大工仕事もしますし、大好きな歌も歌います。もちろん農作業も。全てが仕事ではなくて、生活なんですよ。確かに忙しいけどその中には必ず楽しさが詰まっています」。しっかりと村に根を張り、力強く努力を続け、周りに認められた結果、今年は家を新たに増築し、福岡の実家から親を呼ぶことも出来るほどになった。しかし最初は失敗の連続だったとのこと。
 「ラジエーターにガソリンを入れてしまったり、風呂にしても生活の中で毎日火を熾すということが出来なくて苦労しました。食べ物も種を蒔けば勝手に育つぐらいの気持ちでしたが、全然ダメでしたね」特に野菜などは、3年目に初めてサルたちに荒らされた時に「やっとサルにも認められるようなものがつくれた」と逆に喜んだという。
 そんな彼が今注目されているのはその歌声。「東京にいたころは詞を書くなんてことは全くなかったですけど、ここで風景を眺めていると、カッコつけた言い方かも知れないけど言葉が出てくるんですよ。自然が自然に演奏させる感じかなぁ…」今では地元のイベントは言うに及ばず、県内外で活動の場を広げようとしている。
 現在、小規模多品目と自然農法にチャレンジする田中さん。鶏を飼い、自家製の石釜でパンを焼き、ベーコンやソーセージも自家燻製。出来ることは何でもやってしまおうという旺盛なバイタリティから、今後もいろいろと話題を振りまいてくれるだろう。


※写真右上・・・トレーラーハウスから出た後、古民家を改築して暮らしている現在の家。隣には今年、新居も完成した。

※写真左下・・・写真は7月に松江市で開催した、小民家を会場にしたミニライブの模様。
<UTターンまでの流れ>
(平成6年)駒澤大学に入学。東京の大学だが1・2年の間は北海道で教養課程を履修することが出来る事を知り北海道へ。キャンプなどで大いに自然を満喫する。2年後東京での生活が始まるが、その勉学の中で次第に自然を意識するようになる。
(平成10年)大学を卒業。ミュージシャンとしての道を目指して活動を開始する。そのバンドではCDもリリースし、TV出演もあった。
(平成12年)どこかで引き際を探している時にU・Iターンフェアでふるさと島根定住財団のことを知り、横田町と津和野町奥ケ野村のことを知る。
(平成13年/26歳)津和野町奥ヶ野にある、定住財団が準備したトレーラーハウスに当時東京で同棲していた亜希さんとともに移住。本当に1から農業について、そして農家という生活についてを学ぶ。
(平成14年)2年間苦楽をともにした亜希さんとめでたく結婚。今の住居や田畑を手に入れる。
(平成17年/31歳)家を増築し、新居には福岡から親を呼んで生活を始めるように。そして農閑期である今から春にかけてはライブ活動に忙しい。
>>アドバイス
僕たちは本当に何も知らないで、気持ちだけでやってきました。島根は定住財団などがあるから、とにかく何か行動を起こすのが大切です。飛び込んでみたら意外と何とかなるものですよ。でもやっぱり謙虚な姿勢で、どの物事ににたいしてもやっていくことが必要ですね。
>>不安と解決のためにしたこと
●不安だったこと ●解決のきっかけ
会社員という型にはまった生活はイヤで始めた農家の仕事だけど、忙しくて自分の時間というものはとれないのではないだろうかという不安があります。 はっきり言って「すごく忙しい」というのはまだ仕事を覚えている段階なので解決されていません。ただ時間はないですが、たくさんの自然と触れ合う中でバンド時代には考えられないような詞を書いてみたいという気持ちが生まれてきたり、僕の歌を楽しみにしてくれる人達がまわりにいて、歌う楽しみが増えました。


BeanS topバックナンバーVol.18 》島根で暮らすUIターンの先輩たち