インドネシア・バリ島→邑智郡邑南町にUターン
野田 佳文さん(38歳)
 
    personal data
〈出身地〉邑智郡邑南町(旧瑞穂町)<仕事>派遣社員として働いた資金で、バリへ雑貨の買い付けに。これまでの小物中心の品揃えを改め、今後はバリの絵画を中心に仕入れ、販売していく。
 
       
店内には、お客さんの意見を参考にしながら入荷したという商品が並ぶ。

 「バリと島根の交流の架け橋になりたい」と語るのは、8年間生活してきたバリ島を離れ、去年の8月、邑南町(旧瑞穂町)にUターンしてきた野田佳文さん。現在、地元で始めたバリ雑貨の店『ASIAN CUTE MANIS』の運営で忙しい毎日を送っている。そんな野田さんのここまでの道のりが、なかなか興味深い。
 「バリへ行く前、東京に上京して、タレントを目指していたんです」。大学生活と、オーディションを受ける東京での日々、そんな努力の甲斐あり、TVのレギュラーを掴んだこともある野田さん。その後もチャンスを掴みかけるが、紆余曲折の末、タレントの道を断念。余力を残したままの途中退場は未練を残したが、その後、偶然訪れたことがきっかけとなった、バリ島での再出発が、新たな生き甲斐となる。
 「のんびりした環境の中、人間本来の姿に戻れるのが、バリの魅力」。野田さんの住んでいたウブドは、田畑の広がる、邑南町にも似た牧歌的な所だ。そんな土地で生活するうち、知人から日本人向けカフェの経営を任されるという転機がやってくる。「ハンバーグが好評で、かなり繁盛していました」。そんな喜びもつかの間、2002年に起きたテロ爆破事件で観光客が激減、その後、追い打ちをかけるように、カフェ前に広がる自慢の田園景色が、ホテル建設で潰されてしまったのだ。長男であることや、年齢的な限界もこれに重なり、やむなくバリを後にしたのが去年のことだった。
 「この店で僕にしかできないことを始めたかったんです」。島根に戻るやいなや、豊富な知識を発揮し、バリ雑貨のネットショップをオープン。新たな意欲に燃える日々を送る。「年に数回バリへ仕入れに行く予定です。店を構えたのは、僕の熱意を地域の人にアピールするのが目的なんです」と笑う野田さんは、このショップを踏み台に、いずれ邑南町にバリ村を作り、そこからバリの文化を島根に発信していきたいと熱く語ってくれた。


※写真右上・・・お店で一番人気のバリ猫。後ろに写るバリの絵画もインテリアとして人気が高い。

※写真左下・・・店舗はもちろん、インターネットでの販売や注文も行っている。
<UTターンまでの流れ>
(昭和61年)タレントになることを目的に、東京の大学へ進学。幾多のオーディション番組で常に上位入賞を果たし、ダンス番組のレギュラー出演や、映画の端役などを経験する。
(平成4年)25歳という年齢も壁となり、タレントの道を断念。安定を求めて呉服関係の営業マンに身を転じる。
(平成8年)旅行で訪れたバリ島に魅了され、会社を辞めてバリへ。現地コーディネーターなどをしながら、悠々自適な生活を送る。
(平成13年)東京時代の知人とバリで意気投合し、日本人向けのカフェ『ブンガブンガ』を始める。
(平成16年)テロの影響で観光客が減少するなどの原因が重なり、8年続いたバリ生活に別れを告げ、現在に至る。
>>アドバイス
目標をしっかり持つことが大切。何事にも真剣に取り組み、「これ!」と思った自分の居場所では、より良い人間関係を築き上げること。
>>不安と解決のためにしたこと
●不安だったこと ●解決のきっかけ
バリでの生活がすべてだったので、帰郷当時は、生きる糧を奪われてしまった喪失感に苛まれた。 結局自分にはバリしかないと確信。“生きる糧=バリ”と“生活の糧=仕事”を切り離し、それぞれを賢明に取り組むことで喪失感が解消された。


BeanS topバックナンバーVol.18 》島根で暮らすUIターンの先輩たち