ユーアイターンドリーム 冨井孝治
パーソナルデータ
吉田桂さん

出身地/八束町 住まい/神戸市→松江市
職場/有限会社 日本庭園由志園

平成13年9月Uターン
松江工業高校を卒業後、希望していた大阪の建築関係の専門学校に入学。2年間、建築を学び、神戸市の建築事務所に就職。ちょうど神戸の震災直後だったので、倒壊した建物調査や設計助手の仕事に就き、街の復興にむけて忙しい毎日を送る。平成13年、6年間務めた建築会社を退職しUターン。生まれ育った八束町の由志園に就職。庭園部門でボタンの花の植え換え業務などを経て、現在、料理部門の厨房で調理師の助手や段取りを担当。 -

建築の分野を生かし、いつか、
大根島全体で観光客を呼べるようになったらと思います。


- くるくるっとした黒い丸い目と、さわやかな笑顔が好印象を与える冨井さんは、28歳の好青年。松江工業高校を卒業後、建築関係を目指して大阪の専門学校に入学。2年後に卒業し、神戸の個人の建築事務所に就職した。「ちょうど、神戸の震災のあった年に就職し、復興のための調査をしたり、図面を書いたり、設計の助手をしました。あわただしく過ぎて行く毎日でしたね」と、当時を振り返る。
冨井さんは、高校を卒業時に、長男ということもあり、いつかは生まれ故郷に帰ることを最初から考えていたという。震災復興が一段落したときにそのタイミングを感じ、6年間務めた建築事務所を後にして故郷に帰った。
中海に浮かぶ八束町、通称大根島は、ボタンの花と漢方の高麗人参の栽培で知られている。周囲約16kmという小さな島に、美しく咲き誇るボタンの花を一目見ようと、5月のGWには1週間で約5〜6万人の観光客が訪れる。昭和50年に、八束町の発展を目的に設立された由志園は、ボタンの花を中心に、四季折々の自然美が堪能できる観光庭園施設だ。冨井さんは、その由志園の側で生まれ育った。「幼いころから、ボタン栽培は目にして育ちました。家が由志園の近くにあり、造園の職人さんたちに、かわいがってもらいました」。だから、由志園に就職したときには、古くからの職人さんたちに「よく帰ってきた」と、喜んでもらった。-
その、気心が知れた一面とは裏腹に、帰郷当初は引き続き建築業に携わりたいという気持ちもあった。ところが、この不景気で建築業界への就職は難かしく、折良く、すすめられて由志園に就職した。「ボタンの花を見たことはあっても、実際に栽培の仕事に就いてみると初めてのことだらけでした。それまでは机に向かっていることが多かったので、苗を移植したり、2トントラックを運転したり、体を使っての作業は新鮮でしたね」と、笑みがこぼれる。
そして現在は、料理部門の厨房で、調理師の助手をしながら段取り方を受け持つ。「調理師のみなさんがいかに仕事をしやすくするかを考えて、いろいろな段取りをしています。実際に皿を並べたり、料理を盛りつけたり。ときどき早朝の2時、3時に出勤するこもあります。それはきついんですが、職場の雰囲気がとてもよく、充実した毎日です」と、瞳が輝く。
とはいっても、建築への夢も捨てきれないのも事実だ。「将来は、専門の建築の知識を生かした仕事を由志園でやってみたいと思っています。そして、夢は、由志園だけで盛り上がるのではなく、大根島全体で観光客を呼べるような仕掛けを自分たちでつくることでしょうか」。言葉少なに語る夢。未来に向けられた希望には力強さがあふれ、まっすぐな眼差しが、これから開花を待つつぼみのように輝いた。


上司に聞きました。(総支配人・遠藤誠さん)
由志園には、サービス業から造園業、飲食業まで、さまざまな業種が存在しています。前職業の建築業の知識も生かして、これまで築いてきた由志園の歴史を礎に、時代に添った新しい観光産業の姿を築いていって欲しいと思っています。もともと性格が優しい冨井くんならではの仕事が、この職場に必ずあると思っていますので、持ち前の良さを発揮し、将来の由志園を担う人材の一人として活躍を期待しています。
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吉田桂さん
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お気に入り島根
ふるさとが懐かしくなると、大根島から見える島根半島の山並や中海の景色が思い出されました。島根に帰って良かったと思うことの一つは、子どものころから好きだった釣りに行けることです。とくに日本海の磯の景色はとてもきれいで、春と秋の休日には、職場の先輩と島根半島の美保関方面に、よく行きます。クロアイ、チヌ、ヒラマサなど大物も多く、釣れたときは最高の気分です。
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