小松電気産業株式会社
 
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有限会社ティーエム21
●創立/昭和48年2月 ●設立/昭和56年12月
●資本金/1億円 ●従業員数/86名
●住所/島根県松江市乃木福富町735-188 松江湖南テクノパーク内 TEL.0852-32-3636 FAX.0852-32-3620
●HNS研究所(東京)、東京支社、営業所(大阪・八雲村)、八雲事業所、熊野工場(八雲村) [会社概要]○高速シートシャッター「門番」の開発製造、ならびに販売 ○上下水道制御管理システム「やくも水神」の開発 ○(財)人間自然科学研究所を通しての社会活動(郷土の偉人関連書籍などの出版、平和セミナーの開催ほか)

「門番」の開発販売で成長
昭和52年から開発に着手し、同56年に発表された高速シートシャッター「門番」は、スチール製のシャッターが全盛期だった当時、画期的な開発としてまたたく間に全国から反響を得た。シートシャッターは、人や車両が近付くとセンサーで感知。蛇腹状のビニールシートが高速で開閉するもの。高度の安全性・機密性を備え、防寒・防風・防塵・防虫性に優れている。中でも、製品保管に温度管理と清潔さが不可欠な食品業界から注目され、国内では50%のシェアを誇るほか、韓国をはじめ海外からも注文が途切れないヒット商品となっている。
「門番」の生みの親は、小松社長その人だ。生まれ育った八雲村の実家の納屋を改造した、10畳ほどの作業場。そして、10万円の資本金と5万円の中古車を元手に小松産業を創業。農業用水のポンプ修理・板金塗装業でスタートした小松産業(旧社名)が、シートシャッターの開発を足場に、四半世紀を超えて資本金1億円・年商42億円のメーカーへと躍進。しかし、傍目からは順風満帆の企業家として映るが、ヒット商品を生み出し続けることが社長の目標ではない。「小松電機産業は、家業から企業へと成長しました。でも、企業では、最小の費用や時間で最大の効果や収益を考える利益至上主義が優先される。私はその先にある“事業”を目指したい。家業や企業が十分に繁栄を受けられる社会環境を整えていく仕事。それが私の考える事業です」。

中海・宍道湖水域の環境を守り活かすことが未来に向けて今やるべきこと
最新のIT技術を駆使して安く安全な上下水道を供給し、一方で使った水を安価に蘇生する。昭和57年、小松電機産業(株)が開発・発表した上下水道自動制御・監視システム「やくも水神」は、21世紀の重要なキーワードは“水”になるという小松社長の考えから生まれた製品だ。“おもしろおかしく楽しく愉快に”という経営理念は、今おもしろおかしく和気あいあいで仕事をしようというのではなく、死ぬときに「おもしろおかしく、楽しく、愉快に生きられた」と思えるような人生を送りたいと願う気持ちが根底にある。そうすれば、これから自分が何をすべきかが明確になるというのが小松社長の持論なのだ。今社会が必要としていることを事業にする。創業以来一貫して持ちつづけていた信条が、「門番」「やくも水神」の開発につながっている。
宍道湖のヤマトシジミや中海の赤貝も、水質汚染が進んだためにかつてのような漁獲高は無くなってきている。「清らかな水質に一刻も早く戻さなければいけない。堆積したヘドロ・窒素・リンを資源としてとらえ、ケイ藻類の発生を促す動物性プランクトンへと爆発的な生命連鎖が起きることで、それを餌にしようと魚類も戻ってくる。そうなると漁業にも活気が出てくる。ただ環境保護を声高に叫ぶのではなくて、水質保全と産業がジョイントするような仕組みを作ると、結果的に地域も活性化するのです」。水と人間の関わりは密接だ。川は海に注ぎ、海は大海に出でて、近隣諸国との交流にも通じる。健康、環境、そして平和。21世紀に入り、地方からの新産業の創出が叫ばれているが、小松電機産業(株)は足元をじっくり見つめながら未来のビジョンを実現しようとしている。

[小松 昭夫(こまつ あきお)] 代表取締役(59歳)
昭和19年4月、島根県八束郡八雲村生まれ。島根県立松江工業高校機械科卒業。昭和38年、地元の農機具メーカーに就職し、研究所でコンバイン(収穫機械)の設計開発に携わる。昭和46年、農機具メーカーの倒産を機に退職。その2年後に、前身の小松産業を創業する。平成6年、(財)人間自然科学研究所を設立し、ベンチャ―ビジネスの旗手として中小企業研究センター賞、科学技術庁注目発明選定賞、地域活性化貢献企業賞など数々の受賞歴を持つ。平成13年、中国・孔子文化大学客員教授に招聘される。

人と自然と科学の関わり合いの中から
本物の価値を創造
(財)人間自然科学研究所研究所は、「環境・健康・平和」をキーワードに、新しい時代を創る事業を地方から発信し、全国で展開することを目標とした拠点。高い志しを通して地域振興を図る人財の発掘と養成を目的に、「一村一志運動」を提唱している。江戸時代、故郷・八雲村を洪水から守るために生涯を捧げた周藤弥兵衛の伝記出版のほか、中海本庄地区や出雲圏の未来構想についてのシンポジウム開催、北東アジア圏諸国への友好訪問など、様々な社会活動を実行している。これらの活動に対して中国山東省東営市人民政府から孫子像の贈呈をうけた。
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