ユーアイターンドリーム 町原寛
パーソナルデータ
岡田輝昭さん

出身地/浜田市  住まい/東京都小平市→浜田市
職場/山陰水道工業(株) 浜田営業所

平成12年12月Uターン
大学の工学部機械科を卒業後、大手建設会社に入社。設備設計の仕事に従事する。自分が図面を引いた物が形になるという感動を味わいながら、充実した毎日を送る一方で、仕事第一の生活パターンに少しずつ疑問も生まれる。姉と二人姉弟の長男ということもあって、大学の同級生だった妻と就学前の息子と3人でUターン。両親と同居する。息子には、すぐ近くにある海や山の豊かな自然で思う存分遊び、友だちを大切にしてほしいと願う父親だ。 -

大げさかも知れませんが、
人間らしい生活に戻れたような気がしています。


朝6時半には家を出て、1時間40分をかけて会社に到着。仕事を終えて帰宅するのは、夜10時から12時ごろ。会社に泊まり込むこともあった。
それが、町原寛さんの東京での生活パターンだ。「充実感はあったし、仕事は楽しかった。けれど、心も体も少しずつつらくなっていったんです」。Uターンの理由だ。  町原さんは大学を卒業後、「好きな設計の分野でバリバリ仕事をして、会社でも社会的にも認められたい」との思いを抱き、大手ゼネコンに就職。本社と同じビルの中にある東京本店で、設計部設備設計課の一員となり、電気設備の担当に配属された。
設計の仕事は、意匠、構造、設備、それぞれの設計が同時進行する連係プレーだ。また、「人と会うことが設計の仕事」というほど、機器や法律など各分野のプロから情報を得なければ進められない。設計者のセンスも必要だ。そして、消防法や現地特有の条例など、すべて考慮した上で、クライアントの希望に添ったものを作り出す。「新人は自分の理想にどんどんはまっていきますが、仕事には予算が付いて回りますから、せっかくのやる気をそがないようにしながら、しかも納得できる仕事をさせることが必要です」。6人の部下を持つ課長として采配をふるった町原さんは、当時を思い出すように語った。
Uターンの直接のきっかけは、母親が交通事故にあったことだ。長男として本気で両親が気がかりとなり、意を決し、その9ヶ月後にはふるさとに帰ってきた。
知人の紹介で入社した現在の仕事は、浜田営業所の次長という立場で、営業所における水道や空調などの設備工事部門をまとめ監理している。とはいっても、所長以下7人の最前線部隊だ。営業、予算立て、工事など、現場の仕事ももちろんする。東京時代とは逆の立場だから、自分で図面を引きたいと思うジレンマもあるが、設計者と工事者の両方の思いが分かるからこそ、いい仕事につなげていけるのだと考えている。
Uターン当初の半年ほどは、気持ちに張りがなくなって、都会の人混みが恋しいときがあった。そんなとき、現在小学2年生の息子が、友だちと石見神楽の舞いをまねて遊んだり、近所の子や同級生たちとのびのびと遊ぶ姿に励まされたという。それからは、1シーズンで10回以上息子とスキーに行ったり、温水プールや、あちこちにある温泉施設など、身近にある自然や施設にちょっと車を走らせて、家族とともに満喫することも多くなった。
「ここでは心も健康になって、人間らしい生活ができるということでしょうか」。
都会で暮らしていたときには忘れていた穏やかな表情で、町原さんは自分の言葉に照れるように笑った。


営業所の事務の方に聞きました。(脇田浄美さん)
町原次長は、おっとりしていて細かいことにとらわれない雰囲気を持った方です。少人数の所帯なので、みんな家族のように仲良しですが、次長職というポジションを自分でこなしていかなければならないし、本社の方針と営業所の実情の間に入って、その調整に苦労されていると思います。お子さんとUターンされたという境遇は私も一緒ですから、プライベートな部分も大切にしてほしいと思います。「パパ頑張って」という思いですね。
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岡田輝昭さん
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お気に入り島根
マリン大橋の上から眺める景色です。Uターンして初めて橋を渡った風の強い日に、橋の上に立って眺めたら、帰ってきたという思いとともに、新鮮な感動がありました。見慣れていたはずの日本海が自分の周りを囲むという迫力があって、しかも、生まれ育った我が家がそこから見えたんです。新しい道路が開通するため、生家は立ち退き対象となり、平成15年2月には、今の場所から100mほど西のところに引っ越します。いずれは生家がなくなるという思いもあるかも知れませんね。
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