- ふるさと歳時記 星がまたたく山里の秋 -
高くそびえる山々を背に、頭を垂れる黄金色の稲穂が秋風に揺れ、そろそろ稲刈りの時季だと、赤とんぼが知らせている。燃えるような彼岸花は、決まったように彼岸の間に赤い花を咲かせ、彼岸が終わるころに消えていく。それを合図にしたかのように、いよいよ中国山地の山あいの里にも本格的な実りの秋が訪れる。
毎年、10月になると、青かった栗のイガもほどよい茶色に染まり、中からつやつやと光る栗の実が顔を覗かせる。里の道には、落ちたイガの中から栗の実が飛び出し転がっていて、子どもたちが学校の帰り道、その栗を拾いポケットに詰め込む。そして、生のままでかじったり、つるつるとした鬼皮の手触りを楽しむ。昔から、変わらない光景だ。
六日市から日原を経て益田へ向かい、日本海に注ぐ高津川は、山陰の四万十川とも呼ばれている81.1キロの大きな川だ。源流は六日市町の田野原で、水源の大蛇ヶ池のほとりには、昔から大切にまつられている大きな杉が1本立っている。千年の昔から山や川や人々を見守り続けてきた神様が宿る木だ。そして、清らかな水はそこを水源に、星のふるさと日原町に流れていく。
その日原町には、町の小高い山の上に国内最大級の反射望遠鏡を設置する天文台があり、そこからは、中国山地の連なる山々や流れる川を挟むようにしてできた町並を一望できる。
やがて夜になると、冷たく澄んだ漆黒の闇に無数の星たちが、まるで降ってきそうなほど近く、大きくまたたく。この星空は、決して都会にはない、故郷の宝物だ。秋の夜空に光り輝く満天の星たちに願いをかけたのは、いつのことだったのだろう。なぜ、人は星を見たいと思うのだろう。故郷を離れ都会に出た人々は、ふと、郷愁の思いにかられ夜空を見上げることがあるという。
釣りで賑わった高津川も、すっかり秋の気配が漂っている。川岸に続くススキの穂が風に揺れ、セイタカアワダチソウの黄色い花がどこまでも続く。夏の間、響いていた子どもたちの歓声もどこへ行ったのか、今はただ、水の流れる音が聞こえるばかりだ。
高津川には、アユのほかにたくさんの魚が棲んでいる。この辺りで「ハエ」「セイサク」と呼ばれる小さな川魚は、子どもたちの格好の遊び相手だ。魚は、たいがい大きな石の下にいるので、その大きな石に別の石を落して衝撃を与える。すると、魚がショックを受けてふらふらになる。そこをすかさず素手でとるという。この「岩テギ」という方法は、昔から高津川のほとりに住む子どもたちに伝わってきた技の一つだ。川は、いつも人々の暮らしを見つめている。人もまた、川を眺め、水に触れ、悲しいときには慰められ、水の流れに心を和ませてきた。高津川の流域に住む人々は、この川を語らずして故郷は語れない。
細い枝に、たわわに実った柿が赤く色を染めると、秋の収穫を祝うお祭りだ。女たちは、朝から里芋やこんにゃくの「にごみ(煮込み)」を作ったり、羊羹を練ったり、また四角い押し寿司を作ったりと大忙し。神社では石見神楽が夜更けまで続き、男たちは酒を飲み、女たちが作ったご馳走を食べて豊かな実りを喜ぶ。そうして祭りの囃子が谷間にこだまするころ、中国山地の山々は、色とりどりに姿を変えて静かに冬仕度を始める。

ふるさとの手紙バックナンバー》
Vol.14 Vol.13 Vol.12 Vol.11 Vol.10 Vol.9 Vol.8  Vol.7 
ふるさと歳時記》
Vol.6 Vol.5 Vol.4 Vol.3 Vol.2 Vol.1 

匹見峡の紅葉
益田市から中国山地にかけては、どこと言わず辺りの山々すべてがみごとに紅葉するのだが、とくに自慢できるのは表、裏、奧の3つの匹見峡だ。巨岩がゴロゴロと転がる神秘的な渓谷美に燃えるような紅葉が、身も心も清めてくれそうだ。

益田ゆかりの柿本人麻呂と雪舟
柿本人麻呂と雪舟にゆかりの深い益田市。万葉集に長歌20首、短歌86首を残す人麻呂をまつった神社や、万葉集の中で詠まれた植物が百数十種類植えられている万葉公園は、今も、いにしえの昔を偲ばせている。また雪舟のてがけた医光寺や満福寺庭園は、晩秋の色をしたためて、訪れる人々にやすらぎのひとときを与えている。

ふるさとの味 くりごはん
島根県内で1番の生産量を誇る柿木村の栗は、甘くてまろやかな風味と評判だ。茹でたり、渋皮のまま砂糖で煮たり、栗ぜんざいにするのだが、やはり栗といえば「栗ご飯」だ。ごろごろとした栗が、ご飯の中に見え隠れしているだけで何杯でもおかわりをしたくなる。そして、栗独特のほくほくした舌触りとコクのある香りが口いっぱいに広がり、新米の甘さと溶け合う。これこそ秋の「ふるさとの味」の定番だ。

BeanS topバックナンバーVol.5 》ふるさと歳時記