- ふるさと歳時記 水の都の夏景色 -

松江には、決して裏切らない景色がある。
それは、朝靄にけむる白色の、青空に映える真っ青の、そして夕日に染まる真っ赤な宍道湖。
湖は、ときに母のように優しく、深く懐に抱いてくれる。
目を閉じれば、松江の夏景色が今も鮮やかに甦る。

一面に白布を広げたように穏やかな宍道湖に、白乳色の朝靄がけむる。その湖面に吹き渡る澄んだ風と太陽の光が、すべてを清めているようだ。宍道湖の朝は、シジミを捕る漁師の姿なくしては始まらない。木の棒に鉄のかごを取り付けたジョレンという道具を巧みに動かし、湖底にもぐっているシジミをかく。昔から受け継がれた漁師の技だ。
今の50代以上の松江育ちは、幼いころ、宍道湖で泳いだという人が少なくない。昭和30年前半までは、今の市役所のあたりに宍道湖岸を埋め立てた競輪場があり、桟橋を渡ると海水浴場ならぬ湖の浴場があった。昔は遊びというと、宍道湖で泳いだり、シジミやテナガエビを獲ったり、ウナギを釣ったりということが主だった。湖底に立ち足の指でもぞもぞと泥をかく。そして、親指から中指くらいまでを思いっきり広げ、ぎゅっとシジミを掴むのだ。指で掴んだ小石のような感触で、その大きさに一喜一憂し、歓声をあげた。また、ウナギもよく捕れた。宍道湖七珍といわれるシジミ、モロゲエビ、スズキ、コイ、シラウオ、アマサギ、ウナギ。どれも松江を代表する味覚だが、とくに夏はウナギの蒲焼きにシジミの味噌汁がうまい。
夏といえば、祭。天神さんで親しまれている白潟天満宮の夏祭には、昔はサーカスが来ていた。暑さと動物の臭いでムッとした会場には、普段にはない高揚した独特の雰囲気が漂い、丸い鉄の球体をものすごい勢いで駆け回るオートバイの騒音が耳をつんざいていた。今はサーカス小屋が建つことはなく、白い胸にさらしを巻いて、ねじり鉢巻、はっぴ姿で練歩く女御輿がすっかり馴染みになった。
また、松江の夜空一面を舞台に繰り広げられる水郷祭の花火は、宍道湖に浮かぶ嫁ヶ島にまつられる神社の例祭だ。1等席での花火観覧のために湖のほとりに詰めかける40万人もの人、人、人。ドーンと腹に響く大輪の花火が夜の湖面を写しだし、流れる火の粉に大きな歓声と拍手が沸き起こる。下駄の音をカラコロと響かせて、出店が並ぶ歩行者天国をそぞろ歩く浴衣姿の女性が夏を彩る。
松江の町には、昔から独特の景色と香りがあった。今は軒先で焼かれる野焼きの風景も香ばしい香りも時代とともに様子を変え、先人の記憶の片隅に静かに収められている。
しかし、変わらないものもある。
それは、松江の暮らしに息づく水の風景だ。近年、観光客に人気の堀川遊覧船は、今年の6月で乗船客100万人を越えた。ひところより水がきれいになり護岸も整備され、季節の花や並木が水の都の小さな船旅を楽しませてくれる。明治23年、松江に英語教師として訪れた文学者小泉八雲が、もし生きていたら、その繊細な感性で、どんなにか堀川めぐりの情景を豊かに表現しただろう。
たゆたゆと水をしたため、奥深く豊かな表情を見せてくれる水の都松江。宍道湖に沈む夕日が真っ赤に染める空と雲。そして、嫁ヶ島。山陰本線で帰省する列車の中から宍道湖に浮かぶ嫁ヶ島が眼に飛び込んでくると、言いようもない切なさが胸に込み上げる。それは、まるで母の懐に抱かれたような温もりと安堵が押し寄せるからだ。


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嫁ヶ島
深紅に染まる宍道湖の夕景を、ひときわ印象深くしている嫁ヶ島。周囲240メートルの小さな島だ。昭和47年までは手漕ぎの貸しボートがあり、島の近くまで行けたらしい。中には探検した輩も少なくないという。島には弁天様がまつられていて、舟を持たない人が歩いて渡ったという参道が、今も湖底に眠っている。

松江堀川遊覧船
松江城を囲む堀川を45分で巡る遊覧船。16本の橋をくぐるが、低い橋のときには、折りたたみ式の屋根がウィーンと音たてて下がる。乗船客も体を「く」の字に折り曲げて橋の下を通過するのが妙に面白いと評判だ。7月と8月は1時間延長されて夕方6時が最終便。鳥やセミの声に耳をかたむけながら、水辺の夕涼みを満喫できる。

夏のスタミナ源 ウナギ
宍道湖のウナギは、身が締まっていて、とにかくうまい。地物はなかなか手に入らないが、昔はかごを仕掛けたり、はえなわ漁でよく捕れた。ウナギの蒲焼きは宍道湖七珍味(シジミ、モロゲエビ、スズキ、コイ、シラウオ、アマサギ、ウナギ)のひとつで、昔から夏のスタミナ源だった。昭和初期までは、松江大橋の南詰めに、ウナギ料理を出す「うなぎ舟」もあった。

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