ユーアイターンドリーム 横地 廉平
パーソナルデータ
原 健志さん

出身地/隠岐郡西郷町 住まい/神奈川県横浜市→隠岐郡西郷町
職場/隠岐プラザホテル

平成12年8月Uターン
中学校時代まで生まれ育った隠岐で過ごし、高校は柔道の名門・東京の世田谷学園へ。大学卒業後、ホテルマンを志し、横浜市内のシティホテルへ入社。4年半ここでホテル業務全般に渡って学び、昨年隠岐へUターン。支配人を務める長兄、営業部長の次兄とともに家業のホテル経営を担う。この春、横浜のホテル勤務時代の同僚・直美さんと挙式したばかり。 -

お客様をもてなし、楽しんでいただくことが仕事。
だからこそ、まず自分が仕事を楽しみたい。

-西郷町の隠岐汽船ターミナルから歩くこと5分。港に停泊する漁船たちを見守るかのように立っている10階建てのホテルが、横地さんの勤務する『隠岐プラザホテル』だ。玄関に現れた横地さんは、一見、ロビーにディスプレイされた大漁旗がミスマッチに思える都会的なホテルマン。しなやかな応対ぶりと温和な表情が印象的だ。しかし、胸の内に流れるのは“ふるさと・隠岐”への熱い想い。これまでの隠岐は帰省して骨休みをする場所だったが、今年からはホテルのスタッフとして、隠岐観光のトップシーズンを迎えることになる。
「子供の頃の夢は、柔道で学生スポーツの頂点に立つことでした」。地元の中学を卒業と同時に東京の高校、そして千葉の国際武道大学へ進学した。上の兄2人と同じように、幼い頃から柔道一直線の学園生活を送っていたのだ。その兄たちは大学卒業後には隠岐に戻り、ホテルを継いでいる。しかし、横地さんはホテル経営について他社のノウハウを勉強するのも得がたい経験だと、しばしとどまる道を選択した。
- 大学卒業後に就職したのは横浜市内のシティホテルで、ベルボーイ、フロント、宴会セールス、といろんな部門の仕事を通してホテル業務全般を学んだ。「自分で考えて行動した結果、最後にお客様に“ありがとう”と言われたときの嬉しさは格別です。ホテルマンのプライドも育ててもらいました」。ますます仕事が面白くなってきた5年目を迎えたとき、兄に説得されたことがきっかけで隠岐へ戻ることを決意する。いつかは隠岐に…という転機は、意外と早く訪れたのだ。
「13年ぶりのUターンは、まさに“浦島太郎状態”でした。生まれ育った地元なのに、隠岐の文化・風習など事情がわからない。知らないことばかりで、最初はひと月ほど落ち込みました」。しかし、今では営業課長として旅行代理店や企業などに向けてホテルのセールスに飛び回る毎日だ。隠岐の観光宿泊客は以前より伸び悩んでいるが、ここ2〜3年首都圏からの観光客は増えてきている。横地さんは、隠岐を訪れる人たちの様々なニーズに応えるよう多面的な営業・接客活動を模索中だ。海の幸をふんだんに使った懐石料理と眺望というホテルの自慢をPRしながら盛り返したいと意欲をみせる。「お客様に喜んでいただける最高のもてなしを目指したい。人を楽しませる仕事だからこそ、自分がまず仕事を楽しむことにしています」。横浜で産声をあげたホテルマンは、ふるさとで大きく飛躍しようとしている。


社長さん(父親)に聞きました。
仕事に対して意欲的。お客様が隠岐の宿泊施設に対して何を求めているのか、また、どうしたら満足していただけるかを最優先に考えていますので、彼が横浜で学んだ「おもてなしのノウハウ」は、スタッフ全員で共有したいと思います。息子たちの代で三代目になりますが、ホテル経営は“継続”していくことが大事。そのために、今何をしなくてはいけないかを考え、力を合わせてがんばっていきたいですね。
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原 健志さん
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お気に入り島根
なんといっても、島前にある国賀海岸ですね。目の前に白い波が迫り、いくつもの洞窟や大断崖が入組むリアス式海岸で、日本海の勇壮な美しさを実感します。標高257mの大絶壁・摩天崖に立つと、牛や馬の放牧風景にも出会える草原が広がっていて、ここでしか見ることができない大パノラマです。当ホテルからもレインボー(高速船)で30分ほどのアクセスなので、ご宿泊のお客様にもお薦めしています。ダイナミックな景観は、“西日本一”のスケールだと思います。
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